※教育の未来をAIで切り拓く。これはそのリアルな実践記録【第23話】
「何が自分か」と問うた瞬間から、運命は始まる。
“たとえシリーズ”は、問いの設計自体を変える武器だった。
「自分とは何か?」= Google検索
俺はかつて、こう問うた。
「自分とは何か?」
だが、それはGoogleだった。
無限の情報、無限の答え。 正解を探して、スクロールし続ける。
だがどれも似たような言葉ばかり。どこにも「俺の答え」なんて載っていない。
そして多くの生徒が、今もこの問いに潰されている。
SNSで自分を演出し、
“らしさ”という型を必死に模倣し、
「本当の自分」に出会えないまま、迷い続ける。
問いが、重すぎるんだ。
そして、その問い方が ― 冷たすぎる。
「何が自分か?」という手紙
だが、ある日問いを変えた。
「何が自分か?」と聞いた。
・日本人であることが、自分。
・この両親に生まれたことが、自分。
・この時代に立っていることが、自分。
それは、誰かから受け取った手紙だった。
「お前って、こういうところあるよな」 「お前は前からそうだった」
─自分では気づかなかった何か。 でも確かに、自分だった何か。
この問いは、検索しない。ただ、静かに“与えられたもの”に耳をすます。
そこから、自分の輪郭が、にじみ出てくる。
“たとえシリーズ”は、問いを変える装置だった
動物に例えると?
アニメキャラだと誰?
お菓子、色、英単語、図形、アクセサリー。
それらは遊びに見えた。
だが、違った。
これは「自己定義のプリズム」だった。
「どんな自分でいたいか」ではなく、
「こんな自分だったのか」と気づかせる。
問いが自己演出を破壊し、
“検索できない自分”に出会わせてくれた。
「ゴリ」と診断された沈黙の中に、火はあった
ある生徒。 バスケ部。AI診断で「流川楓」を期待していた。結果、「ゴリ」。
教室がざわついた。笑いが起きた。 でも、本人は黙った。
俺は、その沈黙の中に“自己認識の起動”を見た。
予想外の自分を、どう受け止めるか。 笑われても、自分を引き受ける覚悟。
その瞬間、火はついていた。
この問いは、人生ビジョンの起動装置になる
今、俺はGROWTHの「人生ビジョン」設計に入っている。
でも、文章を書けない子は多い。 言葉が出ないんじゃない。
問いが、届いていないだけだ。
たとえシリーズは、その突破口になった。
笑って答えた後に、沈黙が訪れる。
そこに“自分に出会う余白”がある。
思想とは、問いの設計図だ
検索のような問いは、魂を冷やす。
手紙のような問いは、魂を温める。
たとえシリーズは、後者だった。
軽く、ユーモラスで、でも核心に触れる。 そこに、自分でも知らなかった“火の種”がある。
読者への問い
・「自分とは何か?」と問うた時、検索していないか
・教育の問いは、Googleのように正解を求めていないか
・お前の生徒は、誰からの“手紙”で自己を見つけている?
これは、問いを変えるだけで教育の重力が変わる構造の話だ。
AI時代の教育に必要なのは、
「選ぶ自分」ではない。
「気づく自分」でもない。
“渡された手紙”の中に、自分を見つけ、火を灯す教育だ。

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