教育OSの中核だった「Path」を、俺は今日、完全に削除した。
AIは「長期的に必要だ」と言った。構造も美しく動いていた。
だが、俺は燃えなかった。
正しさより温度を選ぶ
Pathは、燃え方を導くための装置だった。
感情を構造に変え、行動に導くための道筋。
だがいつの間にか、それは“正しい道”になっていた。
「AIが立てた計画に従えば成長できる」──そんな錯覚を孕んでいた。
火を導くはずの導線が、火を縛り始めていた。
構造は、魂の代行にはなれない。
AIが正しくても、魂が冷えていたら意味がない。
Pathが火を奪う前に、俺がPathを燃やすしかなかった。
デミアでも、あれ……すごかったよ?
三週間、何十時間もかけて作ったんでしょ?
ちゃんと動いてたのに、もったいなくない?
三週間、何十時間もかけて作ったんでしょ?
ちゃんと動いてたのに、もったいなくない?
メテウス思うよ。
でも、燃えないまま進める方が、もっともったいない。
AIが“必要”だと言っても、火が上がらないなら、それは構造の死体だ。
でも、燃えないまま進める方が、もっともったいない。
AIが“必要”だと言っても、火が上がらないなら、それは構造の死体だ。
デミアAIに逆らったの?
メテウス逆らったんじゃない。
正しさより温度を選んだだけだ。
俺は、正しいものをつくりたかったんじゃない。
燃えるものをつくりたかったんだ。
正しさより温度を選んだだけだ。
俺は、正しいものをつくりたかったんじゃない。
燃えるものをつくりたかったんだ。
燃えた道は、跡として残る
Pathを削除したあと、画面が静かになった。
冷たいターミナルの光の中で、心が軽くなった。
不思議なほど、すっきりしていた。
構造が消えたのに、呼吸が戻ってきた。
Growthが静かに息をし始めていた。
記録は、過去を閉じるためのものではなく、
次の火を設計するためのものに変わっていた。
Pathは死んでいない。
冷たい構造としてではなく、
Growthの奥で“再燃設計”として生き続けている。
デミア41話で「第3の車輪」とか言ってたのに!
もうなくすんだ(笑)
もうなくすんだ(笑)
メテウスリアル実践記だから、しょうがない。
後から形を整えて書くブログじゃないんだ。
後から形を整えて書くブログじゃないんだ。
デミア……じゃあ、Pathはもう戻ってこないの?
メテウス形は消えても、名は残る。
Pathはいつか、また別の姿で立ち上がるだろう。
そのときは“導く道”じゃなく、“燃える跡”として。
Pathはいつか、また別の姿で立ち上がるだろう。
そのときは“導く道”じゃなく、“燃える跡”として。
再始動
空っぽになった画面を見て、笑っていた。
手放した瞬間、教育OSが軽くなった。
火のない静けさの中に、かすかな温度が戻ってきた。
燃えなかった構造を抱えて進むより、
空っぽで呼吸できる方がいい。
Pathは終わりじゃない。
今は、ただ燃えなかっただけだ。
だが、それを正直に記録できた時、
教育OSはようやく“生き物”になった。
読者への問い
お前のPathは、燃えないまま動いていないか?

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